インバウンド需要の影響もあって、最近は新しいホテルが続々とオープンしています。
逆に閉店してしまうホテルもあるのですが、その一つが烏丸通に面し、先月末でクローズされたホテル・京都・ベース 四条烏丸です。
そのホテルの同じ敷地内にあるのが、藤原俊成ゆかりの俊成社です。
元々は屋外にあったものを、2012年から建物の一角に取り込んだそうです。

藤原定家の父でもあり、後白河天皇の命により『千載和歌集』を撰するほど有名な歌人であったことは皆さまご存知の通りです。
俊成社は、かつてはこの辺りに俊成の邸宅があった由縁で、後世の人々が祠を建てたのが始まりだとか。

とはいえ、この辺りが藤原俊成の邸跡ということになってはいるものの、明確な場所を示す記録は残っておらず断定はできないのだそうです。
現地の説明書きには、現在の松原通の烏丸通から室町通にあったと書かれていました。
俊成が『千載和歌集』の編纂者に選ばれたのは源平の争いが激しい時期でした。
結果として源氏が勝利しますが、平家が都落ちする際には、平清盛の弟である平忠度がどうしても自分の和歌を千載集に載せて欲しいと、俊成の邸宅を訪れたそうです。
その様子が『平家物語』に描かれており、俊成邸が五条京極の北であることの記載があるようです。
俊成は正三位の官位を持っていたこととこの辺りに邸を持っていたことから、五条三位とも呼ばれていたそうです。
出家後は五条三位入道となったそうな。
当時としては驚異の長寿で、91歳まで長生きしました。
今より質素な食事をしていたり、疫病なども流行っていた時代ですが、長寿の秘訣はなんだったのでしょうか?
気になりますね。
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