立華の京都探訪帖

1200年の都を歴史・文化的視点から楽しむ旅記録 ᝰ✍︎꙳⋆

清凉寺の西側には三名妓の一人、夕霧太夫の遺跡がある!

 

京都市卸売市場が位置するエリアには、京都六花街の一つである島原があります。

江戸時代には、公許の花街として発展しました。

現在では置屋である「輪違屋」のみが茶屋営業を行なっており、数名の太夫が所属していて、年に数回行われる伝統行事にも参加されています。

 

その一つが11月に嵯峨野の清凉寺で行なわれる「夕霧供養」です。

 

夕霧供養は、かつて島原にあった「扇屋」所属の遊女である夕霧の追善供養を行なうための行事です。

島原で活躍後、店舗の移転にともなって大坂新町に移ったそうですが、夕霧が生まれたのが清凉寺の西門の近くだとの由縁から、清凉寺で法要が行なわれるようになったそう。

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現地には「夕霧太夫遺跡」と刻まれた石碑がありました。

彼女の生家がこのあたりにあったことから、この地に石碑が建てられたようです。

 

彼女の墓は大阪の浄国寺にありますが、生家が清涼寺塔頭地蔵院の檀家であったため、地蔵院墓地にも墓が作られたようです。

のちに地蔵院は廃寺となってしまったため、現在、清凉寺北の境外墓地内に移された彼女の墓は、大覚寺塔頭の覚勝院が管理しているそうです。

 

住宅街にひっそりと建てられた石碑は、背後の塀に同化しているため見逃してしまいそうですが、嵯峨野観光の際にはぜひ夕霧太夫を偲びに出かけてみてください。

 

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