先日、ずっと行ってみたかった高松神明神社にようやく出掛けて来ました。

現在、高松神明神社のある辺りは、元々高松殿があった場所です。
高松殿とは安和の変で失脚した源高明の御殿で、のちに娘の明子(藤原道長の妻)が住んだ屋敷です。

前から気にはなっていたのですが現地へ出掛ける機会がなく、大河ドラマ「光る君へ」で注目されたこともあって昨年のうちに行く予定を立ててはいたものの、先伸ばしにしてしまっていました。

現地にある高札によると、何人もの院や天皇が院御所・もしくは内裏として利用していたようです。
焼失しても何度も新造されたようで、鳥羽上皇の命で新造されたあとには後白河天皇がこの地で即位し、高松内裏とも呼ばれたとか。

保元の乱では後白河天皇の本拠地にもなった場所で、源義朝や平清盛らがこの地に集ったことは有名ですが、現地でその様を想像してみるとなんだかワクワクしてしまいますね。
この高松神明神社、そもそもは高松殿の邸内にあった鎮守社だそうで、平治の乱で高松殿が焼失してしまい、この社のみが残ったそうです。
よほど立派だったとみえる高松殿ですが、その名残の高松神明神社の境内はコンパクトです。
それでもその境内には見どころが多く、オガタマノキや鎮座1100年を記念して作られた水琴窟の手水、真田幸村ゆかりの念持仏があります。

京都には戦国武将ゆかりの場所や事物が多くありますが、真田家に関するものにはこちらで初めてお目に掛かりました。
気になる方はぜひ現地を訪れてみてください。
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