渡月橋や天龍寺、竹林のあたりまでは激込みの嵐山エリアですが、なぜか清涼寺のあたりまで来ると観光客がかなり減ります。

境内は広いので、建物にばかり気を取られてぼんやり歩いていると、石碑などの自然に馴染んでいるものは見逃してしまいがちです。
私の場合そういったことが良くあるのですが、事前に調べて現地へ見に行って来たものの一つが豊臣秀頼の首塚です。
秀頼公の首塚は、本堂の正面すぐ左隣にありました。
亡くなったのは大坂城、1615年の大坂夏の陣のことですが、なぜこの清凉寺に首塚があるのでしょうか?

調べてみると、秀頼公が清凉寺の復興に尽くしたご縁があるからだそう。
この首塚が造られたのは1983年なので、比較的最近のことですね。
というのも1980年に大坂城で秀頼公の物と思われる頭蓋骨が発掘されたために、その後、御縁のあるこの清凉寺に納められることになったとのことです。

清凉寺と秀頼公の間に御縁があることはわかったのですが、京都には秀頼公が再建・復興に尽くしたお寺が他にもあります。
にも拘わらず、敢えてこの清凉寺が選ばれた理由は何かあるのでしょうか?
少し気になりました。
清凉寺に参拝する際には、こちらもぜひ注目してみてください。
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