2月2日の京都新聞に以下の記事がありました。
御土居に関する発掘調査には、個人的にとても興味があります。
今回の調査で発見された「障子堀」
元々御土居は洛内を守るための防壁だったという印象が強かったのですが、今回発見された障子堀はまさにそれを象徴する役割を果たしていたようです。
障子堀は東の北条氏が用いていた防御機能だそうで、京都市内で発見されたのは初めてだという点も非常に興味深いところですね。
御土居は城壁
少し前まで御土居というものは「壁」だけのことを言うのだと思い込んでいました。
調べてみると堀とセットだったということがわかり、つまり洛中という場所は「城内」でもあったことを知りました。
Googleマップなどで上空から現在の洛中を眺めてみても、城内であったことがはっきりわかる痕跡があるわけではないので、洛中=城内と言われても正直あまりピンと来ないという方も多いのではないでしょうか?
さいごに
今回発見された障子堀が五条通より南に集中しているという点は、京都盆地の高低差にも関係しているようですね。
今後御土居について考える際には、京都盆地の凹凸についても合わせて考えていくべきだと教えられた記事でした。
「障子堀」、何となく今年の京都検定に出題されそうな気がしています。